田植えの思い出


最高気温が30度近くまで上がった、夏日の夜。

涼しい夜風が気持ち良くて窓を開けていると、遠くから微かに「ジャワジャワジャワ…」というカエルの合唱が聞こえてきました。

それを聞いて『あぁ、もうそんな季節なのだなぁ…』と季節の移ろいの早さに驚くと同時に、 子どもの頃の田植えのことを思い出して、 なんとも懐かしい気持ちになりました。


伊那谷ではどこを見ても山々が目に入りますが、 私が育ったところはどこを見ても田んぼが目に入るような土地でした。実家から徒歩1分もしない場所に田んぼがあり、夜はカエルの合唱が子守唄代わりになるようなところです。

そんな土地なので水稲栽培をしているお家が多く、実家もご多分に漏れず。

お米に限らず農作物は何でもそうだと思いますが、春の農繁期はとにかく大変!
週末や連休は、家族総出で農作業です。

もちろん私達子どもも、労働力として容赦なく農作業に駆り出されていました。


「種籾の塩水選」。
種籾の選別をする作業では、種籾がはいった袋を水場に運んだり。

「育苗ハウスの建設」。
ハウス建設のためのパーツを手渡したり、ビニールを張る作業のサポートをしたり。

「すじまき」。
「すじまき機」と呼ばれる機械で育苗箱に種籾をまいていく作業では、土や種籾の補充をしたり、機械に育苗箱をセットしたり。

私は母がやっていたハンドルをぐるぐる回す役をやりたいとせがんだのですが、結局一度もやらせてもらうことはありませんでした。難しい役だったのかな?

そういえば私の実家あたりでは「すじまき」や「すじまき機」と言いますが、一般的には「播種作業」・「播種機」というらしいです。

その後もハウスの育苗箱に水を撒いたり、ネズミから種籾や苗を守ったり。

そうして大事に大事に苗を育てて、約一か月後。
ちょうどゴールデンウィークの頃に、いよいよ田植えが始まります。


父は軽トラックに青々と苗が生え揃った苗箱と犬を、母は乗用車に祖母と子ども達と休憩用の食べ物を積んで、少し離れた場所にある田んぼへ向かいます。

父が田植え機で次々と苗を植え、母と祖母がその後に植え直し。

子ども達の仕事はというと、もっぱら「箱洗い」。
苗を取り出して空っぽになった育苗箱を、洗って綺麗にする作業です。

今は「苗箱洗浄機」という便利な機械があるそうですが、 当時の実家にはそんな“文明の利器”は無く。 田んぼ脇の用水路で、たわしを使ってただひたすら手洗いしていました。

この箱洗い、当時の私(小学生)にはかなりの重労働でした。 5月とはいえ水は冷たいし、ずっとしゃがんだ姿勢なので腰と膝が痛くなるし。しかもこの育苗箱、小さな穴が空いているのですが、 そこに土が詰まりやすくてなかなか取れず、もうイライラ!

私が「田植え=大変そう」というイメージを抱くのは、 この「箱洗い」作業がトラウマになっているのかもしれません。

そんな大変な田植え作業でしたが、お楽しみもありました。

それが、“こびり”の時間。

“こびり”というのは、実家あたりの方言で「おやつ」のこと。
特に「野良仕事の合間に食べるおやつ」のことを指すことが多いです。

新潟に限らず、青森や石川などでも同じ方言を使うようですね。
伊那谷にも似た言葉があるのかな?

「そろそろ”こびり”にしよさー!」の声とともに田んぼ脇のあぜ道にシートを敷き、お菓子や果物や漬物を広げ、水筒からキンキンに冷やした麦茶やジュースを注ぎ…その光景は、さながらピクニックのよう。「外で食べる」という非日常感もあり、なんだかワクワクしたものでした。

両親がいて、兄と姉がいて、今は亡き祖母と犬がいて。
青空の下、 みんな泥だらけでお菓子を食べて笑って…。

今こうして思い返してみると、なんと賑やかでキラキラした時間だったなぁと、微笑ましいような、それでいて少し寂しいような気持ちになります。


そんなわけで米づくりをしている家に育った娘としては、 通勤中や散歩中に田植え作業をされていらっしゃる方々を見かけると

『お疲れさまです!ご精がでますね。どうぞお身体ご無理なさらずに!』

…と、心の中でこっそり応援せずにはいられないのでした。


どうか台風や水害などの被害が無く、稲が無事に育ちますように。